ボルネオ(3)

9月25日(木)

9:00、シムがモスグリーンのアウディで迎えに来た。

「高級車だね」と言うと、「20年前の車だぜ、いつ止まるか心配だよ」と笑った。確かに今時流行らないデザインの型式だ。高速走行は無理だろう思った。

秦と黄を拾って市内の食堂で軽食を取りコーヒーを飲んだ。コピァという砂糖の多く入った奇妙な味のコーヒーである。テノムで生産されるコーヒーだ。シムが私に届ける土産の定番となったコーヒーである。

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朝食後に植物散策のために山へ向かった。シムのアウディはゆっくりと市内を抜けてクロッカーレンジ国立公園の山道を登った。私は半袖シャツにベストを着用、靴はトレッキングシューズだ。秦とシムと黄は半袖に半ズボンそしてサンダルである。このあたりは2,000mクラスの山が続く。山を越えて160㎞ほど行った盆地にテノムがある。

しばらく登るとナリヤランが道路脇に見られるようになった。このArundina graminifoliaは沖縄県の西表島の草地でも見られるランである。東南アジアに広く分布するランである。沖縄県では70㎝前後の草丈であるが、道路脇に生えているナリヤランは150㎝もある。まるでススキの様に葉が大きくて花も明らかに大きい。新しい葉は少し紫色の色素を帯びている。とても同一種とは思えず亜種のような気がする。

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ナリヤラン

ノボタン科のメディニラに似た植物が見られた。Medinilla magnificaはフィリピンからこの辺りに分布しているようだ。園芸店で見られる60㎝程の鉢物サイズでなく2m以上もあるのだ。この地域の熱量の豊かさが育ててくれるのだろう。

路肩が少し広くなった場所に車を停めた。僕らはシムの後について道路脇の小さな排水溝を飛び越え、大木が繁るでもない雑木林の中に入った。シムはビーチサンダルで落ち葉を踏みしめて藪の中に入った。足元にはショウガ科のバービジア、ノボタン科のメディニラの幼木、種名の解らない地生ランが無数に生えている。

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藪の中の樹木は幹回りが10㎝から40㎝程度の広葉樹がほとんどである。沖縄の広葉樹の雑木林と何ら変わらない植物相に見える。私は学生のころにテントを担いで八重山諸島の西表島を2泊3日の行程で横断したことがある。その原生林の雰囲気と同じだ。ただ異なるのは湿度が高く、落ち葉は湿っており、樹木に苔が多く付着していることだ。よく見ると蘭が苔に混ざって着生している。高さが50㎝から4mの範囲で無造作に着生しているのだ。ラン類は大木の高い場所に着生しているものと考えがちであるが、ボルネオでの生育環境はそうでもないようだ。デンドロビューム、バルボフィルムその他多種の蘭類が着生している。

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少し太めの幹にエスキナンサスが着生しており枝の先端に赤い花をつけている。落ち葉の中からバービッチアが花をつけている。薄い黄色の花で先端が三裂しているのが特徴だ。以前に社員が採取してきたBurbidgea schizocheila(英名Golden Brush Ginger)とは異なる品種である。ボルネオには5種類のBurbideaがあり、その中のstenanthaかlongifloraではないだろうか。

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Burbigea. sp

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Burbidgea schizocheila(golden brush ginger)

沖縄県での開花時期は冬から春、秋以降に販売予定です。

僕らは藪を出てさらに山道を登った。途中に露店がありバナナを人房買って食べた。あまり美味いものではなかった。さらに登ると焼けて廃屋となった露店があり、シムが営業していたと秦が指差して言った。何かいわくがありそうだがシムに尋ねることはしなかった。

やがて森林伐採の現場で車を停めた。直径80㎝以上もある大木が伐倒された跡が広がっている。シムは外資系の会社が自然を破壊していると言って不快感を露わにした。シムが指差した大木の中ほどの太い枝の上にグラマトフィルムが着生していた。バルブの長さが1mほどで10本近くが展開している。以前に栽培したことがあるが、気まぐれなランで容易に咲いてくれない。友人とタイの生産者を尋ねたおり、50㎝の4本立ちバルブで咲いているのを見たことがある。株の大きさと関係なく環境が開花に作用しているのだろう。素焼きの尺鉢にヤシ殻のコンポスト植えで水田跡地の作った蘭園であった。随分前であるが、名古屋の「蘭の館」が開園する際に高さ1.5m、10本立ちの株をフィリピンから2株輸入して納入したことがある。その時は秦の斡旋であった。

グラマトフィルムを見ているうちに雨がポツリ、ポツリと落ちてきた。

「雨が降る時間だ」とシムが言った。

僕らは急いで車に戻り元の道を引き返して下山した。雨が強くなる前に途中のドライブイン・レストランに飛び込んだ。雨は霧を呼び、50m先の視界を遮るようになった。道路わきの排水溝から洪水のように雨水が流れた。レストランの温度計を秦が指差すのを見て驚いた。僅か15分ほど前に蒸し暑くて30度以上だと感じた気温が一気に20度まで下がっているのである。

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雨霧

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摂氏20度

「すごい雨だね」と私が言うと

「1時間もすると止むよ。山では毎日のことだ」とシムが言った。

この雨は山間での現象であり、平地のコタキナバル市街地は全く降っていないらしい。

僕らはコピアとケーキで雨宿りをすることになった。そしてシムが退屈しのぎにボルネオの昔話を始めた。

≪この原生林には巨大な龍が住んでいるとのうわさがあり、村人の恐怖の対象となっていた。ある日、一人の猟師が山中で龍に出くわした。口から牙を出した巨大な龍である。猟師は恐怖のあまりろくに狙いも定めずに鉄砲をズドント打ち村へ逃げ帰った。そして村人に伝えた。今しがた龍を仕留めたので皆で担ぎ出しに行こう。村人は山鉈を手にして猟師の跡を山に入った。村人がその場所に着くと、巨大な蛇がシカを飲み込もうとしているが、鹿の角が口元に引っかかって呑み込めずにのたうち回っているのだ。その様はまるで巨大な龍が暴れているようであった。臆病な猟師の弾は蛇にあたっておらず、村人は急いで手にした大ナタで蛇を叩き切ったそうだ。おしまい。≫

ボルネオの自然林にはニシキヘビ、小型のシカ、オラウータン等特徴のある野生動物が生息しているらしい。

シムのほら話を聞いているうちに雨も霧も上がったのでレストランを出て下山した。コタキナバルの市街地には雨の痕跡は無かった。市街地の一角に市場があり、その前に車を停めて中を覗いた。私の旅先での楽しみの一つは、ローカル市場を見て回ることだ。台北のゴールデンチャイナホテルの裏通りにも市場があり、宿泊時の退屈しのぎに時々覗いている。

この市場には海産物以外の大抵の生活用品が売られている。マンゴスチン、マンゴー、柑橘類の苗木。果物はレンブ、グァバ、ミカン、バナナ、ドリアン、パパイヤ。珍しいスネークフルーツというサラカヤシの実が売られていた。松毬状の果皮の内側に甘酸っぱい白い果肉を持っている。ただし、私の好みではない。

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レンブ、ミカン、グァバ、パパイヤ

果菜類ではヘチマ、白ニガウリ、シカク豆、葉野菜は数種類のサツマイモ属の新芽、ツルムラサキ、ウリ科の新芽等の多年草である。暑さに強い植物だ。レタス、小松菜、大根、キュウリ、モヤシ等の日本の八百屋の定番野菜は全く見られない。香辛料の売り場で薬用植物類のヤエヤマアオキの果実(ノニ)が売られていた。ニッケイの根の曳割(シナモン)の他にも何だか解らない民間療法の商品が並んでいた。その隣の店では民族衣装に似合いそうなブレスレットやネックレスも売られていた。

秦は夕顔の果実ほどの大きさのコパラミツを1個買って戻ってきた。僕らは市場の中の食堂で軽い食事をとってシムの家に引き返した。デザートにコパラミツを食べた。ナイフを使わずに、手で引き裂いて中から種を包んだ果肉を抓みだして食べるのだ。見た目は小型のパラミツだが、臭みが無く柔らく甘い果肉だ。沖縄でも栽培したい果樹であるが、ドリアン、マンゴスチン等と同じく豊かな熱量が必要だ。私が実家の裏に25年前にタイから持ち込んだパラミツは10kg近い実が着果するが食べる者はいない。奇妙な臭みのあるこの果実は、温帯地方の淡白で上品な風味の果実に慣れた日本人に敬遠されるのだ。

シムは出店準備があると言って秦と黄と共に出かけた。私は勧められるままにシムの家で2時間ほど昼寝をして時を潰した。ゲストの旅は万事がこのようなものである。

4時過ぎにホテルにチェックインした。この日の宿はベバレイ・ホテルである。2泊の予約が取れていた。昨日のステラハーバーホテル程大きさではないが十分満足できるレベルだ。フロントで3万円を両替した。1リンギット(RM)34円のレートだ。市中の両替所より割高であるがシムに頼むわけにもいかないし、両替所を探すのも面倒でもある。

シャワーを浴びてフロントに電話した。洗濯の依頼である。ランドリー係りの者を呼び出して洗濯物を備え付け袋に入れて直接渡すのである。衣類の数をその場で確認してチップと共に渡すのだ。そうすればトラブルなく早く仕上がるのである。それに東南アジアのクリーニング代は安くて上手だ。下着や靴下も出している。下着類の手洗いも旅の都合に応じてやるのだが、洗濯機のようには汚れが落ちない。快適な旅をしたいなら2度に一度はクリーニングに出したほうがよい。私の愚かな旅の方針であるが、富める自国からそうでない発展途上国に出かけた場合は、ささやかな浪費はすべきである。

「自分の豊かさを実感できる国へ行ったら、ケチらずにその土地の人にも豊かさの御裾分けをしろ」

私の所属する沖縄県造園業協会界の大御所とミクロネシア連邦のポンペイに行った時に言われた言葉だ。私は、ハワイ、韓国、台湾以外ではそうしているつもりだ。もっとも不遜と言われるほどの浪費をする気力は無いのである。

冷蔵庫からビールを出して飲みながら、日誌を付けていると秦から電話があった。午後5時過ぎである。

IMBP国際蘭会議の会場は、郊外のリーカス・スポーツ・コンプレックスであった。陸上競技場、体育館、会議室備えた総合文化施設だ。会場内では審査が終了して仮の表彰順位のプレートが着けられていた。ほとんどの国際蘭展示会の日程そうであるように、木曜日に審査、翌日の金曜日に関係者だけの内覧会、土曜日から一般客の鑑賞となっている。

ディスプレイ作品の中でも人目を引いたのがグランプリをとったテノムの農業公園であった。ボルネオの自然を豊かに表現したデザインであり、ボルネオの固有種の蘭と観葉植物がふんだんに使われていた。ボルネオの野生植物の収集と保護に努めている組織の力量が発揮された作品であった。

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展示会場入口

審査が終了したばかりで未だ整然と配置されていない会場内を歩いていると、秦とルイスがやってきてルイスが言った。

「退屈していないかい」

「そうでもないさ」

「どうだい、明日はゴルフでもやりなよ。ゴルフは出来るのだろう」

「ああ、地元のゴルフコースのメンバーだ。それは良いけど、誰とだい」

「俺は忙しいから、こいつが付き合うよ」

近くにいた女性を紹介した。ルイスの妹である。中肉中背で身長は160㎝足らずで白の落ち着いたデザインのワンピース姿であった。年の頃は28歳位か美人ではないが明るい感じの女性である。少しはにかんだ顔で「シェリー」名乗った。ルイスよりきれいな発音の英語である。

「オーケー、明日は楽しんでくれ」

ルイスは楽しそうに笑って言った。

私は以前にマレーシアのクワラルンプルとオーストラリアのケアンズでゴルフをしたことがあった。退屈しのぎに良い機会だと思うと同時に、ここまで来て女連れゴルフでもないだろうとも思ったが、成り行き任せの旅のついでだと割り切った。

この日の夕食は市場近くのレストランであった。初日の昼飯のメンバーにウォンの奥さんのアリサが加わった。審査が終了して安堵したのか皆饒舌であった。私も時々英語で尋ねて会話に加わった。私は壁の陳列棚の上に置かれた水槽の中に無数の蛙が居ることに気付いた。あまり大きくもなく玩具と思ったのだが、よく見ると喉元が呼吸の度に微かに動いており本物である。蛙は一様に外を向いて行儀よく座っている。

「ルイス、あのカエルは生きているね。置物かと思ったよ」

「オーケー、刺身にして食おうぜ」陽気に笑って言った。

皆が「刺身、刺身」と言って騒いだ。

暫くして蛙の料理が出てきた。ただし刺身では無かった。皮を剥ぎ取り内臓を取ってぶつ切りにして香りの強いネギと空芯菜と共に炒めていた。きめの細かい肉質で淡白な味だ。小骨を指でつまみだしてテーブルに放り出した。テーブルは料理の食べカスで散乱しているが誰も気にしない。中国南部から東南アジアにかけての華僑文化の一つだ。中華系の人々の概念の一つに「美味いものを食べるために人は生きるのだ」という諺があると陳先生が教えてくれた。

香料が効いてビールによく合う料理だ。私はビールを飲んでいるが、皆は透明なブルーの炭酸飲料を飲んでいる。メーカーはコカコーラ社のようである。少し飲んでみるとコーラよりもサイダーに近い奇妙な味がした。

午前0時の少し前に散会した。リー夫妻はルイスから車を借りて帰って行った。明日の朝テノムに向かうとのことである。私は予定外のゴルフに向かう羽目になった。

2015年8月3日 | カテゴリー : 旅日誌 | 投稿者 : nakamura